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2014年6月23日月曜日

今日の座禅会

 2週間ほど前の35度の熱さが嘘のように、とても気持ちのよい日が続いています。今日は待ってましたとばかりにバルコニーに座禅会を行いました。木々のざわめき、鳥の鳴き声、んーーー 気持ちいいなあ~ なんて五感を楽しむべきではないのですが、やはり初夏の緑の中は最高です。
 

ジョギングとipod... Jogging und ipod...

 ひさしぶりにブログを開いて反省。随分アップデートしてませんでした。毎日気になってはいたものの、日々のなんだかんだに見事に飲み込まれていました。

 先日愛用のipodが壊れました。あれこれやってみても全くだめ。相当汗を吸ってるし、塩漬け状態のipodの寿命が来たようです。しょうがないので、ipodなしで山ジョギング2時間。これがとてもよかった・・・ なんの外部からの故意的な刺激の無い状態で走ると、完全に経行状態です。わかってはいたものの、ipodなしで2時間も走ったのは初めてなので、あらためて実感させられました。
 足の裏から感じる地面の状態、大きめの石を踏んだ時に反応する足首のよじれ、そこから膝まで伝わる感覚、或いは右の骨盤だけが前方に進んで出てこないとか、坂道を登りきった後の大腿部の筋肉の緩む瞬間とか・・・ こんなものが手に取るようにわかります。音楽等外部からの人工的な刺激があると、これらへの気づきはとても難しくなります。
 このipodなしのジョギングが目下楽しくてしようがありません。タイムなんて気にしたことはないのですが、その効果はみるみるタイムに出てきました。しばらくipodなしジョギングを続けようと思います。そして、タイムが横ばいになったらまた人工的聴覚刺激を楽しもうと思います..... ; )

 

2014年6月6日金曜日

読売新聞の記事から

 読売新聞にテッィク・ナット・ハンが指導する一日瞑想体験(座禅、経行)の記事がありました。
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=99562

 テッィク・ナット・ハンはダライ・ラマにつぐとても人気のある禅僧です。「行動する仏教 engaged Buddhismus」ということを提唱されている方です。簡単に説明すると、仏教の教えが自己満足で終わらぬよう、積極的に社会、そして人々とかかわっていきましょうということを説かれています。
 誤解がないように書きますが、信徒獲得のために奔走するという意味ではありません。仏教は人間の苦をとことん論理的に追求していますが、ここからどのようによりよく生きていくかということを最大の課題としています。それは、日々の座禅であったり、職場や家庭での役割全うであったり、はたまた社会奉仕であったりと、日常の普通のことを一生懸命やりましょう、ということにつながってきます。この日常生活のひとつひとつをどのような意識でやりくりしていくかというと、座禅や経行での訓練が役にたってくるわけです。
 近日中にzenzai53でも一日瞑想体験を行います。この時期最高に美しい森の中での経行も一緒に行います。今から楽しみです。

2014年6月4日水曜日

走る禅 泳ぐ禅 Zen für Schwimmen und Laufen

 読んだことはないのですが、マラソンが経行(歩く禅行)と同じだといった内容の書籍があったような気がします。走っていると、確かに同じだなと感じることはよくあります。ただし、走ることに没頭できないとあっという間に足の痛みや、晩御飯の献立、はたまた昨日あった嫌なことに意識がそれていきます。足の痛みに意識がそれたとして、その痛みに入り込まなければよいのですが、なかなかそうもいきません。けれど、呼吸と足の動きに意識を集中することは間違いなく経行とおなじといってよいでしょう。昨日は高低差200mのはじめての山道を15キロ走り、あまりの高低差に嫌になり、気持ちよく走れませんでした。嫌々、だらだら、文句たらたら・・・こんな感じで走ったあとは、全くすっきりしません。時間の無駄でした。
 
 先日、毎朝泳いでいるという座禅会の参加者の方と、座禅と水泳の共通点について話が盛り上がりました。いわゆる呼吸を整え、身体の動きや感覚に気付きをむける点において、座禅における観(Vipassanaヴィパッサナー)の瞑想と水泳も全く同じです。心理療法のマインドフルネス瞑想でももちいられているボディスキャンといわれるものに通じるところがあります。違う分野のスポーツをされている方と、身体機能、それに対する意識、といった点で話ができてとても楽しかったです。