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2026年7月26日日曜日

Unfassbar der Missbrsuch mit dem Buddhismus.

https://www.tagesschau.de/investigativ/br-recherche/seelenfaenger-buddhistische-gruppen-100.html

Der Begriff „Erleuchtung“ hat sich viel zu sehr verselbstständigt. Wie viele Menschen außer Buddha gibt es in dieser Welt wohl, die wirklich erleuchtet sind? Und keiner von ihnen würde öffentlich behaupten, er sei erleuchtet. Das wird am Beispiel des Dalai Lama auf den ersten Blick deutlich. Und diese bedingungslose Sehnsucht nach der Erleuchtung, dieser blinde Glaube – das ist viel zu gefährlich. Denn dadurch verlässt man sich auf andere und stellt die eigene Kraft in den Hintergrund.

Soweit ich das beobachtet habe, gibt es viele solcher Zen-Gruppen, die einen Guru benötigen. Sobald die Menschen jemanden in einem Samue oder einer buddhistischen Robe sehen, empfinden sie eine fremde Kultur und etwas Geheimnisvolles und täuschen sich, indem sie denken: „Das ist echt.“ Schaut euch doch einmal japanische Zen-Tempel an. Es gibt dort so gut wie keinen einzigen Mönch, der behauptet, Erleuchtung erlangt zu haben. Und es gibt auch so gut wie keine Gläubigen, die sich im Tempel versammeln, um einen erleuchteten Mönch zu suchen.

Nichts, was den Namen „Zen“ trägt, wird uns "retten". Es hängt ganz von uns selbst ab. Es kommt darauf an, wie wir unsere Tage verbringen und wie wir uns selbst akzeptieren.

Wichtig ist, stets weiter zu lernen. Fragen zu stellen. Nach dem richtigen Wissen zu streben.

Buddha hat die Wiedergeburt weder bestätigt noch verneint. Er vermeidet es, sich dazu eindeutig zu äußern. Denn niemand kann beweisen, was er erlebt hat. Die Wiedergeburt ist ein Mittel zum Zweck. Sie ist eine Möglichkeit, zu vermitteln, dass alles Leben miteinander verbunden ist. Dies ist etwas anderes als die Wiedergeburt eines festen Individuums.

Außerdem werden viele Interpretationen des Karmas in der Welt falsch verstanden. Karma bedeutet, dass die eigenen Erfahrungen zu Reaktionen im jetzigen Leben führen. Wenn man bei eisiger Kälte zu leicht bekleidet war und sich deshalb erkältet hat, wird man sich das nächste Mal frühzeitig eine warme Jacke anziehen – auch das ist eine Form von Karma.

Viele buddhistische Begriffe werden ungeprüft als mysteriöse Phänomene weiterverbreitet, und es braucht keine Gruppen, die sie missbrauchen.



2026年7月22日水曜日

ただ座ること。ただそこに在ること。

 ただ座ること、只管打坐。

これをヨーガアーサナ的に説明すると、筋肉に頼らず、自分の内側の力を自然に使って座ること。
これはとても難しい。だからヨーガアーサナの頂点にたつポーズ。


2026年7月19日日曜日

意識して動くことは、自分を理解すること

 アーサナの練習で大事なこと。次の動きに入る時に、きちんとその体の部位に意識を向けること。インストラクターの指示を聞いて、その動きを見真似しているだけではだめ。指示を聞き、動きを理解したらまずその体の部分に優しい注意を向ける。それから動き始める。動く途中、ポーズを保っている間中、その意識の変化を優しく小川のように流してゆく。この連続がアーサナの練習。こうするとだんだんと心身の一体感が生まれてくるはず。
これは結局、巷で言われるマインドフルネスの練習と同じ。禅堂での作務も全く同じ。結局、それが自分自身を理解することにつながる。ヨガの目的はまさにこれ。

2026年6月2日火曜日

乳がんヨガインストラクターのオーソライズド認定を受けました。

 25歳の時「職業を手にして充実した毎日をヨーロッパで送る」という夢の勢いだけで私は日本を出た。当時は勿論その何年か後に、実は自分は子供を産めない身体だったとか、いつまでも元気でいるとなんとなく信じていた親が死ぬとか、自分が乳がんになるなんてことは微塵たりとも想像していなかった。今や色んなことを異国で経験して立派なおばさんとなった。立派なおじさんさえも超えそうなくらい肝が据わった。

私自身が乳がんを経験した結果は、悪いことばかりではない。ヨガ講師として、同じ乳がんを患う生徒さんを理解する助けとなった。また乳がんだけではなく、様々な要因でリンパ浮腫を患う人への指導もできるようになった。

今年6月、(社)BCYのヨガインストラクターのオーソライズドに合格。何かに合格することがこんなに嬉しいと思えたのは久しぶりだ。今までの私の経験を他人に認めてもらえた気がした😊

2018年3月27日火曜日

タクシーモハメッド 完

 こうして、アフガニスタン人、クルド人らと毎日放射線治療に通ううちに、未知だったアフガニスタンの観光要所を知りw、バーミヤンの遺跡復興にアフガニスタン人もかなり興味を持っていることを知り、Facebookにおける世界中のアフガニスタン人ネットワークの中心となっているのがタクシーモハメッドの運転手と知り、その他いろんな興味深いことを知りました。そうこうしているうちに私の治療も最終日となり、嬉しいやら淋しいやら。特に一番多く送迎してもらったAさんには、「寂しくなるなあ…」とぽつりと言われ、こちらも寂しくなりました。そのアレフさんに聞いてみました。「いつも思っていたんだけど、Aさんのタクシー会社のカードや、車の側面には《タクシージャン》って書いてあるけど、タクシーモハメッドじゃないの?」「まさか!社長の名前はモハメッド・ジャン、だけどタクシーモハメッドなんて名前にしたら誰も電話してこなくて商売あがったりだよ。」
 え?まさに私なんですけど…タクシーモハメッドをあえて選んで電話したのは…爆笑

2018年3月21日水曜日

タクシーモハメッド5

  結局、治療中の送迎の運転手で一番回数が多かったのは、社長さんではなくアフガニスタン出身のAさんでした。年齢が私と近いこともあって、いろんなことを話しました。Aさんにはとっても美人な奥さんと、3人の息子がいます。一番上の息子さんはイタリア人のハーフ女性と結婚するらしいそうです。絵に描いたような若い美しいカップルで、お父さんのAさんが自慢するのも無理ありません。嫁はカトリックでいいの?と聞いたら、そんなの当然じゃないか、俺の息子が選んだんだから大丈夫だと言っていました。
 Aさんのみならず、タクシーモハメッドの中東出身の運転手さん達から聞いたかれらのイスラム教徒としての世界観は、全くもって健全でした。たとえば、女性のスカーフについてAさんいわく、「なんで美しい髪の毛を隠さなきゃいけないんだ?アホな男のせいだ。」とのこと。まったくもって同感。
 また、かれらのテロリストへの怒り、そのおかげで「外国人」のうえに更に太字でいらないレッテルを貼られていること。その怒りは並々ではありませんでした。ヨーロッパ中右寄りになってきた今日此の頃、ドイツもその勢いは増すばかりです。変にインテリぶった右寄りの政治家は、90年初頭のネオナチブームの若者達よりタチが悪い気がします。更に難民問題で中東出身、ブロークンなドイツ語というだけで眉間にしわを寄せる人間はいます。私も時々外国人蔑視態度には合いますが、彼らよりはその回数はだいぶ少ないと思います。放射線治療の待合室で、高齢のドイツ人女性にどのタクシー会社を使っているの?と聞かれ、「タクシーモハメッド。アフガニスタン系のタクシー会社でおすすめよ。」と言ったら、もろに嫌な顔をされました。しかし、そこで引き下がったらだめなんです。ちゃんとその反応に嫌悪感と人種差別をする人間を見て驚いたというはっきりした態度をとらなければいけません。w もちろん私はちゃんとそういった反応を全身で示したので、まずいと思ったその女性「あ、そうね、考えとくわ。あはは。」と、突然いい人ぶりを始めましたが時すでに遅し。相手が間違っていましたね…w
 モハメッドさん以外の運転手さん達も、世界中を転々としていたことには変わりなく、国が崩壊して脱出したら無事終了、ではなかった彼らの苦労話は、私たち日本人が理解できるものではない過酷なものです。ちなみにこのAさんは国籍はアフガニスタンのままだそうです。いまじゃどこにでも行けるし、問題ないよと言っていました。年に一度故郷でサフラン農家をやっているお母さんを訪ねるのがとっても楽しみなんだそうです。私は意外に思ったのですが、彼らなんども里帰りをしています。カブール以外はどうにか帰れるような環境にあるそうです。続く…

2018年3月16日金曜日

タクシーモハメッド4

 二日目。家の前に止まったメルセデスの高級リムジン。知り合いでこんな高級車を持ってる人間がいたかな?と首をかしげながら、外からはよく見えない遮光車窓中をみると、知らないおじさんが「シュヴァルツさん早く乗って。」と言っているっぽい。「まじ?これで行くの?」と思わず日本語がでます。乗ってみると、なーんだ昨日の運転手さんでした。
 「すごいね、この車」「こんな車で放射線治療に行くなんて聞いたことないよ。」「これもタクシーなの?」と矢継ぎ早に言葉を放つ私に明らかに冷ややかな対応をする運転手さん。??? あれ、なんか変なこと言っちゃったかな。ま、いいか。外国人とのちょっと気まずい雰囲気を打破しようとドイツ人がよく放つ言葉「で、ドイツっていう国のことどう思う?」が、思わずでてしまいました。苦笑 しかし、これが発火点になろうとは…
 「そうだよ、俺の車だよ。俺が何年も朝から晩まで死ぬ思いで働いて買った車さ。この苦労をドイツ人の連中は知らないんだ。知らないくせに、俺みたいな外国人がこんな車に乗っているというだけで、アホみたいな嫉妬をしてくる。この車の登録に行ったときなんか、担当の公務員のババアが思いっきり嫌な態度をとりやがった。本当にあんたの車なの?みたいな目で見る。おまけにこんな車に乗れて幸せだと思った方がいいわよ、と説教までしやがる。頭にきて言ってやったよ、あんたも俺みたいに他人から何言われても顔色ひとつ変えずに朝から晩まで働いたら同じ車買えるよ。って。」と、一気に語る運転手さん。なるほど…あ!!そっか、「運転手さん、もしかしてモハメッドさん?このタクシー会社の社長さん?」「そうだよ。」すべてに合点がいきました。ここから彼の会社設立に至るまでの話が始まりました。本当にすごいな、偉いなしか言葉が出ない苦労話ばかり。外国人ならではの苦労話も盛りだくさん。彼はまさにゼロからこの会社を立ち上げ、今やリムジンも揃え、運転手10人を抱えるタクシー会社の社長として自らハンドルを握っているのでした。本当に感心。ドイツ社会を支えているのはまさに彼らのような外国人労働者。右寄りの傍観者連中よ、モハメッドさんの爪のアカを飲ませてもらって仕事をしろ!といいたい。ここには書けないような苦労話や経験をきかせてもらいました。祖国アフガニスタンを思う気持ちもです。ニュースでは伝わらないようなびっくりする話も…今では、祖国に帰るという希望は捨てたので、奥さんと話し合ってドイツ国籍を取得したそうです。と、彼の身の上話を聞いているうちにあっという間に往復の約50分はあっという間に過ぎていきました… 続く